54歳でロードバイクを始めて、10ヶ月後ブルベ200kmに挑戦した話

50代半ばのわたしが、ロードバイクをはじめたきっかけ

私がロードバイクを始めたのは、私の入っているコミュニテイの主宰者がロードバイクが趣味で、会員のメンバーに一緒にやることを勧めたからです。

以前の私は、地元湘南を車で走っていると、時々横をシュ〜とロードバイクで走り抜けていくツルツル黒パンツに、マンガのロボットみたいな後ろが尖ったヘルメットをかぶっているお兄ちゃんやおじさんを見て、「なんでこんな格好して走らなきゃいけないんだろう???」と思っていました。自分からは一番遠い存在にように思えていました。

ところが、うちの主宰者は若干太った体型なのに、ロードバイクをやるなんて!そしてみんな素人の会員たちを誘って一緒に走ろうなんて!とにかく既成概念がガラガラと崩れて行きました。

本気かどうかわかりませんが、私にまで「一緒にやる?できるよ!」と声がかかるのです。疑問でしかありませんでした。

はじめは遠慮していたのですが、ほかのみんなが楽しそうに始めだすし、参加していないとこれから自分は見学者に回る場面が多くなるかと思うと、つまらない時間が増えるのは目に見えていました。高校時代に、「私なんて」と遠慮して、運動会の応援団をやらなくて、ちょっと寂しい思いをしたことを思い出したりしました。

そしてほどなく、その年の夏は、「みんなで北海道ライドへ行こう」と発表され、富良野・美瑛という地はもともと行きたい場所だったため、だんだん「やってみようかな」という気持ちが起こってきました。
ある時、他のメンバーが自転車をお店に見に行くというので一緒にいってみることにしました。そこには、不思議な空気がありました。お店に来ている人たちが、みんなかっこよく見えたのです。「やっぱり好きなことをやっている人はすてきだな~」と、初めて、いい印象を抱いたのです。

その後自分の自転車を一緒に見に行ってもらい、「どんな自転車を買おうかな〜」と思い始めると、どんどんハマり始めました(^^)。

サイズ、デザイン、性能、価格、検討事項がたくさんあります。

背の低い私のネックはまずサイズ。体に合うものを探しつつ、安くない買い物ですから、気に入って乗れるものを見つけたいのです(^^)

散々探して、思っていたよりちょっと予算オーバーのロードバイクを手入れたのは、5月のGWの頃でした。

買ったはいいけど、はたしてロードバイクに乗れるのか?

初めて乗ってみるときは、緊張でした。

思えば、ひどい買い物です。そこそこ高価なのに、買ってみないと乗り心地がわからない。

「あんなに苦労して買ったのに、もし乗れなかったらどーしよー」と恐々乗ってみたら、まあなんとか乗れそうだったので、ちょっと安心しました。

小学3年生の頃初めて自転車に乗れた時のことを思い出したりしました(^^)

あとでわかることですが、購入したロードバイクは、そのメーカーの最小のものでしたが、それでもまだ私には少し大きかったみたいです。実はメーカーによってサイズ表記も違いますし、同じ数字でもジオメトリ(つまりは各部の寸法)というものがちがい、自分の体に合っているかどうかは、そのジオメトリで判断すべきなのですって。ですが、私はクラッシックなデザインや色味が気に入って、ラレーのCRFというバイク420サイズを購入しました!

地獄の初ライドとセカンドライド、ロードバイクでも上り坂はキツイ💦

さて、私の初ライドは、なんとヒルクライムを伴う裏ヤビツといわれるコース。厚木の七沢森林公園から、宮ケ瀬湖~服部牧場のコースでした。当然私は、途中挫折を考えなければいけないほどつらい目に遭いました。一人、上ってきた道を戻ろうかどうか真剣に考えていたところ、「もうちょっとで下りだよ」という声がかかり、疑いながらもひとふんばりしたら、突然本当に下り坂になりました。

下り坂は風をきって気持ちよく、すぐに湖の景色が広がり、先ほどまで思っていたマイナスな思いはいっぺんに吹き飛びました。この気持ちよさが、上り坂のつらさをうわまわるということですね。

加えて平坦なところでも、私は子供のころから走るのも遅かったので、一生懸命こぐと早く進むとロードバイクの感覚はとっても嬉しく感じました。

とはいえ、その先も上り坂が続き、へとへとになって、その日のライドを何とか完走しました。

とてもとてもつらかったのですが、いっしょに走った仲間に応援され、完走の達成感はなんか気持ちのいいものでした。そういえば途中、車道側に転ぶことが3度ほどありました。よれよれ過ぎてコントロールもきかなかったのです。そんことがありながらもプラスマイナスの通算はプラスだったということでしょうね。

そして2週間後、今度は御殿場~乙女峠~芦ノ湖という、さらに激しいヒルクライムコースへ。私は、まさかこの私がそんな所行けるわけがないと思ったので、きっと何か秘策が用意されているだろうと思って、心配しながらも参加したのです。ところが秘策など何もなかったのです。今思ってもつらいつらい上り坂でした。上っても上っても上り坂は続く。「もう本当に帰りはもう走れない」と思いながら芦ノ湖湖畔のお蕎麦屋さん(昼食場)にだいぶ遅れて何とかたどり着きました。

もう言葉も出ない。初心者のわたしをこんなところに連れてくるなんて! 体力も気力も使い果たし絶望感でいっぱいで、「私は何時まででも芦ノ湖湖畔で待っている」とつぶやいていました。食欲もありません。

ところがそんな私に主宰者は、「これを飲みな」とステック状の粉の飲み物を2包手渡しました。それを飲んで20分ぐらいしたら、不思議~なんだか急に元気がよみがえってきたのです。ご飯も食べる気になりました。美味しい天丼を食べ、しばらくしたら出発するじかんがきました。美味しい甘味やさんに行くという。先ほどはああ言っていたのに、少し元気がでたので私もついつい一緒に出発してしまいました。

甘味屋さんではさらに元気が出て、私の為に、男子二人が途中まで迎えに来れるように速く車に戻るよう主宰が指示しているのを聞いて、安心して「仕方ない、いけるところまで行こう」と再び歯をくいしばり、帰路につくことにしました。前半はまた上り坂です。先ほどの魔法の粉が効いているのか、つらいし、少しづつしか進まないけど、投げ出そうとは思わなくなりました。頑張っていればそのうち迎えが来るという安心感があったからかもしれません。ゆーっくりだが、黙々と進む。私の伴走してくれているメンズには大変申し訳なかったけど、私がすぐに止まってしまうので、「え~~~!もう?」としょっちゅう嘆いていました。

「そろそろ迎えに来てほしいな~」と限界を感じたとき、上り坂は終了間近でした。朝、泣きそうになりながら休憩した乙女茶屋の看板が見えてきたのです。そこまで登りきると、あとは、長い長い下り道。なんの労力もなく転びさえしなかればどんどん進むのです。しかもすごいスピードで。風がきもちいい。来るときこんなにのぼったのか!と感心するほど、下りてもおりても下りが続く。ただ転ばないように注意するだけです。

とうとう御殿場の街が見えてきました。あとは平たん地。

ここまで来たら、完走しないわけにいきません。

もうへとへとだったけど、ゴールの公園まで走ります。

途中、高架になっている橋があって当然半分上りです。

もうこれ以上上りたくない私は、ここは自転車を降りて手で引いて渡るほどでした。

また、判走のメンズが嘆いました。😱ひえー

だけど、それでもとうとうゴール地点に到着したのです。

先に着いていたメンバーたちが、大きな歓声で迎えてくれた。

「あっ、帰ってきたーー!!」「すごーい!」

うれしかった。

つらかったけど、うれしかった。( ;∀;)

挫折しなかったという成功体験は、しょぼいけれど、自分にとっては大きなものでした。

特に運動においてはコンプレックスだらけだったので。

だんだん調子づいて、いよいよ夢の北海道ライド

次のライドは三浦半島100km(ほぼ平坦)完走、

その次は、山中湖~河口湖(やはり長ーく続く上り坂(13km)のコース)78km、この時はみなに遅れず完走。やっと一人前になった気がしました。

次はいよいよ、私が超楽しみにしていた8月の北海道ライド4泊5日。自転車で走りながら移動していくので、荷物は持ち歩いてのライド旅です。総走行4日で205Km。

そのことも私を驚かせ、悩ませました。小さなサドルバックにしか荷物をもてないのですから。特に私ともう一人ちびっこさんは、スリムなサドルバックじゃないと自転車が小さいので、タイヤにすれてしまうので、どうやって5日分の荷物をもっていくのだろう?そう思ったのです。

この件は、別のブログでお伝えすることにしましょう。

で、行ってきました、北海道!

旭川~富良野~美瑛。以前より来てみたかったこの場所をロードバイクで走りました。

本当に素晴らしい旅でした。最高!の一言です。

この北海道の旅で、私は完全にロードバイクが楽しくなりました。

人生で初めて趣味といえるものができたと感じたのです。(それまでは「旅行が好き」と答えるしかありませんでした)

輪行旅を通して、自転車にもだいぶ詳しくなりました。だって、パンクしたら?とか、空港で組み立てる、袋に詰めるなどの作業をしなくてはならない、時間に制限がある、移動しながらの旅だから進むという選択肢しかない、みんなに迷惑かけられない、等いろいろ考え準備する必要があったからです。

自分の足で走る旅の楽しさを知り、私は、自分の魂が喜んでるのを感じました。

ブルべという長距離サイクリングイベント

それから2か月後の10月、メンバーの7人が、ブルべというイベントに参加しました。

200Kmに4人と300Kmに3人。それぞれの制限時間内に所定のコースを完走し、フランスの競技会から認定をもらうものです。

私はドキドキしながら、ライン上で状況を見守りました。女の子もそれぞれのコースに一人ずつ参加していたのです。私は内心、こんな過酷な競技に女の子がでて大丈夫なんだろうか?まだ経験も浅いのに、、と、とても心配していたのです。特に300Kmを20時間で走るということは、朝6時に出発して夜中の2時がゴールの制限時間なんです。300Kmの距離はというと東京から仙台や能登半島まで行けそうな距離感なんです。

ところがところが、参加メンバー全員完走したんです!とても驚き感動しました。参加メンバーたちの笑顔の写真をまぶしく感じました。

その後の私は、なんだか悶々と考えるようになりました。

私も、ブルべというその山を登りたくなったのだと思います。

だけど、自分の年齢、坂が苦手な貧脚、自分のスピード、どれを冷静に考えても完走できそうにないとしか思わないのです。平坦地の巡行速度も、私は21~2Km/h。最短距離の200Kmに参加だとしても、規定の13時間半で走らなければならないとすると、平均時速15km/hとなるけど、4回の休憩スポットや信号や、上り坂を考えると、とても走れる気がしないのです。

次の200Kmブルべは、3月ごろということでした。冬の期間は寒いので、コミュニティで走りに行く機会もぐっと減り、11月の奥多摩湖を最後に2月までライドはありませんでした。その間私は次のブルべに出ようか出まいか悩んでいました。車での搬送もないし、もしリタイアになっても一人でどうにか考え自力で帰らなければならないということなんです。

迷ったあげく、私もブルべに挑戦!

しかし、私の好奇心は「参加」を選択しました。みんなとともに感動を経験してみたかったのです。今度の参加者は新メンバ―4人を含む10人になりました。断然私が体力の劣るメンバーでした。

今まで走った最長距離は、三浦半島の100Km。今回のブルべは209Km。しかも、あまり練習できていません。出発が朝早いので寒いだろうけど、昼間はそこそこ暖かくなりそうな3月。荷物は最小限にしたいけど、上着もしまわなくてはならないだろう、道を読まなきゃいけないのでスマホのバッテーリーはいるし、夜も走るのでライトのバッテリーも必要などなど。またまた最善を目指し、準備にいそしみました。あとはなるようになれ!

前日夜宇都宮のホテルに泊まり、翌朝5時に出発しました。6時にスタート地点に準備を終えて集合、エントリーをして、7時スタートです。朝は歯がガチガチいうほど寒く。緊張し、人生最大の危機に立った面持ちでした。そしてスタート!

ただただ走るだけです。体力をなるべく使わず、しかし遅くならず、私にとってはなかなかのスピード20KM/hを保つようがんばりました。苦手の坂道ではスピードは仕方ないけど降りて休憩にならないようがんばりました。チェックポイントのコンビニでは最小限の時間で済ませるよう急ぎました。ひたすらその繰り返しです。2個目のチェックポイント80Km地点ぐらいから、まだまだだな~と思いはじめました。(つらくなり始めたということです)とにかく次のチェックポイント120Km地点をを目指します。向かい風がけっこうきつく、耐久レース的な気持ちになってきました。次のポイントまで行けば私の最長走行距離更新だと考えました。そこはなんとかクリアしました! 次は最後のチェックポイントは155Km地点です。私はそこで一人リタイアになっても仕方ないと密かに考えていました。どうしてもそれ以上走れないようなら、au自転車保険のロードサービスを呼ぼう、と。(笑)だから、頑張ろう、そこまで行くだけでもりっぱじゃないか!と自分をはげまし、出発です。黙々と走ります。手やお尻が痛いです。腰も痛い。それでもただただペダルをこぎ続けるのです。気が付くと155Km地点最終チェックポイントに到着しました。そこで自分に問いかけました。「もう走れない?」答えは「ここまで来たらゴールしたい。まだ足は動くじゃない!」夕焼けが迫っていました。何事もなく出発し、夕焼けの田園風景をみながら、ぼんやり、今日のこの景色と思いは一生忘れないぞと思いながら黙々とこぎ続けたのでした。もうすっかりあたりは暗くなり、夜間のライドになりました。田舎を抜け、街中に入ってきました。今まであまりなかった信号がたびたびあります。普通なら止まるのが面倒で嫌いな信号待ちだけど、その時はサドルからお尻をあげられる唯一の時間なので、信号に引かかるとホッとしたものです。最後のチェックポイントからゴールまで50Km以上あったので、もう着きそうな気がするのに、なっかなかつかないのです。走行メーターの数字が1Km進むたびに、あと10Km、あと9Km・・それだけが励みでした。

ゴールの時間に間に合う見通しだったのに、だんだん制限時間が迫ってきました。あと10分というところで最後の長い山道の上りがあるのです。あたりは真っ暗闇、街灯もないので自転車のライトだけが頼りです。見上げると木々の影が黒い悪魔のように見えて一瞬ひるむのですが、時間が迫っているため怖がるどころではなく、自転車を引いてのぼったら間に合わないと言われたら、もう漕ぐしかありません。ここまで来て失格もごめんです。火事場のバカぢから的に一生懸命坂を上がり切りました。ようやく遠くに小さな明かりが見えました。「どこがごーる?」私は叫びました。

私は、ブルべのゴールはもっと華やかでみんなの声援が聞こえるものだと思っていたのですが、大間違い。ゴールの先に小さなテントがあってそこに認定係の人が2人ぐらいいるだけなんです。先にゴールしている私たちの仲間と、ほぼ同じペースで走っていたおばあさんグループが暖をとって休憩しているだけでした。

それでも、先に着いていた仲間がゴール前で声援をくれ、私はなんとか気持ちよくゴールできました。まだついていない仲間もいました。

私たちのタイムは、13時間24分。

ギリギリです。でも間に合いました。私はブルべ200Km完走したんです!

今まで味わったことのない達成感を感じました。

54歳にしてはじめての経験でした。

挑戦してよかった、と思った瞬間です。

 

 

これは、今から1年4か月前の話ですが、もう1回ブルべ200Km出ようといわれても、

挑戦するかどうか、、、完走する自信まったくありません(汗)。

1回限りの栄光だったかもしれません(笑)

 

 

 

 

 

 

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